池田山麓物語〜古老に聞く(2)〜
2009.10.11 Sunday 09:21

 池田山麓物語〜古老に聞く(2)〜

日時 2009年9月10日(日)20時〜22時30分
会場 土川商店

話し手 小川茂基、小川義徳 草野義明 河野実
聞き手 土川貞利 土川修平

〈池田山の地名等(前回の続き)〉
「シデノミヤ」 山麓道路上に住吉神社と大谷の間の4畝程の範囲
幾分平地になっている
地域内にはいると怪我をするという言い伝えがある。
近くで水が噴くのでこれを祀った可能性もある。
山の神という説もある。

「クシノコバ」天神山の上。わらじを整えた。

「馬頭観音」40年程前は現在地より50mほど下の山道沿いに安置したあったものを林道が      できたので、移転した。跡地には現在も土台が残っている。
      かつても現在も村人がお祀りしたことはない。

〈年中行事〉
1月「元日」    村の役員が焚き火をたき参拝者を迎える。
  15日 「粥漬け(かいづけ)」おなご竹(女竹)を20〜25センチ程に切ったものを                作柄(早稲、中手、晩稲は必ずあった)の数だけ縄でつな                ぎ米と小豆の粥の中へ入れる。
 引き上げ竹の中に入った米や小豆の数で豊凶を占い、結果を拝殿の賽銭箱の前の張り出した。
粥ができると川柳院の鐘がつかれ、これを聞いた村人が箸と椀をもって集まった。
小学校にも知らされ子どもたちにも振る舞われた。
午前中に行われ昼に食べた。            
                           *いわゆる「左義長」もこのときに行ったが、「左義長」と                いう言葉は使用しなかった。多くは「かいづけ」の行事の                一環としてうけとめていた。

2月「初午」 始めての午の日の夕方地区で鰯を用意して稲荷神社の前で焼いて振る舞われる。      当番屋敷〈班〉の年行事にあたった家はいなり寿司をはじめ諸々のごちそうを用      意し参拝者に振る舞う。この年行事にあたるのは生涯でもあるかないかの事であ      り、その感謝の意味を込めて自主的に用意した。当たった家は献立等を前に当た      った家に聞いて準備した。
  11日

 18日「桜掘り〈桜植え〉」 午前中、青年会が中心になって山から桜の苗木を掘り出                してきて熊野神社参道に植えた。一人1本は必ず掘り出し                てくる事になっていた。植えた後は食事会等が催された。                桜は、山のどこから掘り出してきても許された。
      
    「梅桜寺の大般若」 現在と同じ。梅桜寺の最後の住職は「高木元勇」氏であっ                た。
        「野米」梅桜寺領の年貢米を納めた。

3月

4月 8日 「花祭り」梅桜寺にて仏像に甘茶を注ぎそれが振る舞われた。

   16日 「幟立て」(青年会による)

      17日熊野神社の神事、夕方には境内で「提灯ちぎり」、参道には各家が御神灯を立て
         た。
        午後に御輿がでた。大は青年会、中は小学校高学年以上が担いだ。小学生が担い
         だ「神楽」もあったがこれは、誰かが寄進されたもので、歴史は古くない。戦時
         中に途絶えた。
      18日提灯ちぎり、御神灯をともす。
            香具師は殆ど来なかった。

   19日「幟おろし」
            「弓削寺の競馬」県内外から競走馬が集まった。
              飾り付けた馬が熊野神社の参道を登った。
              紅白餅も馬の背にのせられて上がった。
              大飛び、中飛び、小飛びの出場種目があり、それぞれの景品を              争った。

      「谷ぼり」村民総出で用水路の掃除を行った。

5月

6月

7月 「水洗ぼり」津島神社の祀られている御水洗の掃除を行った。青年会中心に蓑笠を着け         行われ通りゆく人に水をかけた。
   「野休み」農作業が一段落した頃を見計らって村中「野休み」として農作業を休んだ。        家庭では饂飩を食べた。土川商店では小麦と交換に饂飩を販売することもあ        った。
8月 「幕干し」幟の虫干し
   
  24日 「地蔵盆」梅桜寺の地蔵

9月   「梅桜寺の施餓鬼」
  
  18日「熊野神社の祭礼」小祭りといって本祭りである春祭りと区別した。 
                            春祭り程の賑わいはなく、祭りという意識も低かった。幟も拝              殿前に2本、大門先に2本立つだけである。(かつては春祭り              だけであったとも聞く)

          「道直し」村人総出で道路の補修を行った。

10月

11月  「秋あげ」収穫が終わり農作業が一段落した頃、村中農作業を休む。家庭では「お          はぎ」を作った。

      23日「新嘗祭」熊野神社に稲穂を備え神事を行った。

12月16日「報恩講」青年会が会場に提供いただける家を交渉し、村民がお参りをする。青           年会員は、会場で読経を続ける。高等小学校2年になると青年会に入           会し、経を教えられた。

            「しめ縄張り」12月最後の休日に、村の役員が集まり熊野神社に張るしめ縄              をなって設置した。

            「除夜」梅桜寺の鐘楼で除夜の鐘を突いた。

*若者は農作業を休みたい時は、村役に交渉し「遊び日」にしてもらった。その時には梅桜寺の鐘を突いた。また、雨天等で農作業に向かない日も「おしめりいわい」といって鐘を突き農作業を休んだ。

| berry21 | - | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
name:
email:
url:
comments:
Trackback
http://ikedayamagaku.norarikurari.moo.jp/trackback/5
Calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>
Mobile
qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM